エピローグその2/数日後−病室にて (Sランクネタバレ内容。ご注意ください)
退院した私は後日再び病院に足を運んだ。 狩谷くんが昨日付けで普通の個室に移ったことを聞いて見舞いに行ったのだ。 クリーム色のドアをノックする。 「どうぞー。」ずっと看病しているという加藤さんが答えた。 入室すると彼がベッドに横たわり、こちらに背中を向けているのが見えた。 「狩谷くん、本当は起きてるんよ。照れとるんや。なんか、話しかけたってください」と耳打ちされる。 ちょっと、席外しますんでー。という加藤さんを見送って 部屋で2人きりになった。気配を感じたらしく、狩谷くんは背を向けたままで話しかけてきた。 「どうして見舞いに来たんですか?僕なら来ないけど。 あなたを殺そうとまでした人間ですよ、僕は…馬鹿だ。馬鹿だから幻獣に乗っ取られた」 彼の声が徐々に小さくなった。 沈黙に支配された空間の中で、思い切って静かに話しかけた。 「私の方だって、あなたを殺しかけたことは事実です。 あなたはそんな私を許せなくて当たり前かもしれません。 こちらこそ、あなたがあれほど苦しんでいたことに気づいていなかった…すみません」 済まない気持ち。私たちはずっと彼らの沈黙のなかの叫び声に耳を塞いできたのだ。 彼の底知れぬ苦しみの深さは戦闘の前の恨みごとの中から痛いほど感じられた。 誰の心にも闇があり、狩谷くんはその闇につい取り込まれてしまったのだろう。 きっと誰もが幻獣になる可能性を持っているのだ。 しかし、その闇を作り出す原因は誰が持っている? 他人を虐める他人や、自らを貶める自分だ。 “あしきゆめ”を生み出さないようにする方法、それはひとつしかない。 「でも、ひとりだけで苦しんでいたら余計に傷口を広げてしまうこともあるんです。 私たちに至らないところがあったら遠慮しないで何でも指摘してください。 いつもあなたが『連れていって』と話しかけてきたようにね。 人は口に出さないと相手の気持ちに案外気づかないものです。 これからは、何かしてほしい時や分かって欲しい事があったら何でも言ってください。 その時にできる限りのことをするようにしますから。 以上、あなたを親友だと思っている私からの提案です。『善いことを行う』自分の名前に掛けて約束します。 他の誰かが耳を傾けてくれないと思う時があっても、少なくとも私はあなたの話を聞きますよ。たとえ遠くにいても。 そしてお互いに少しずつでも分かり合えたら嬉しいんですが。 …あなたは、決して一人きりじゃない。それだけは、覚えておいてください」 それだけ言う。勝手かも知れないが、正直な気持ちを伝えておきたかった。 “あしきゆめ”を生み出さない方法。それは『お互いを分かり合おうと努力すること』だ。 彼は何も言わないで、ただ震えていた。私はそっとシーツをかけ直した。 退室しようとドアのノブを廻したとき、狩谷くんの呟きがひとつだけ聞こえた。 「…ちくしょう、あなたは立派なヒーローだよ…」 病室から出ると加藤さんがハンカチであかい目を押さえていた。 「今の話、立ち聞きしてしもうたん。すんません…。 ああ見えても、ホンマは悪い子やないんで…。見捨てないでください」 …彼もこんな可愛い子が自分の側にいることに早く気づくといいんですけど。 彼女の肩を応援するつもりで軽くたたく。 「あなたのような優しい人が彼を助けるんですよ。私はもう居なくなってしまうので」 「えっ?」 「では、私は失礼しますよ。これから久々のデートなんでね」 にっこりと笑った。 エピローグその3−公園にて− に続く