「100人のボーイフレンド」
……どうしたものかな。
私、善行は新宿の裏マーケット街、成体クローンショップに来ていた。
熊本に赴任する前に「小隊付スカウト用クローン」を一体購入するために。
薄暗い緑色の光が反射する店内のたくさんの培養カプセルの中には、
昔、私を「ミスター」と呼んで教育してくれた彼と同じ顔つきをした男がずらりと並んでいる。
――――戦うためだけに生み出された人間の集団。
正直、これだけ並んでいるのを見るとあまり気分の良いものではないな。と思う。
今の時代なら、我々普通のクローンも彼らと存在意義においてはさほど代わりはないのだが……。
「で、どのタイプを選びますー?」
昔の引っ越しのCMに出てきたような雰囲気の背の低い黒縁メガネの男の店長がもみ手をして尋ねてきた。
緑色の液体で満たされたカプセルにはそれぞれ値段が付き、
値札の横にはそれぞれのクローンの宣伝文句が書いてある。
「最高級ボディ。頭脳優秀。質実剛健。戦車資格所有」
「肉体再チューニング可」
「精神強化ソフトインストール済」
という真面目なものが殆どだ。中には
「最新型、コストパフォーマンス良!なんと通常クローン並の食事代で養えマス」
という見出しもあった。
しかし、オプションがついているものはとにかく高く
とても5121部隊用の予算では手が出ない。
最初に用意された僅かな予算は士魂号を取引する際にとっくに消えた。
もう少し残しておけばよかったな、と後悔した。
「もう少しお得なのはないのですか」
傍らにいたショートカットの女性店員に尋ねる。
「店の奥に少し置いてありますけど…少々欠点はありますが、そこそこは使えますよ」
「そちらに案内して下さい。お金はあるんですが、備品にはあまり予算をかけたくなくてね」
私は精一杯の見栄を張った。
「こちらです」
隣の部屋に案内される。
培養カプセルの置き方も先程の部屋と比べるとバラバラで、いかがわしい雰囲気を醸し出している。
値札の見出し文句もどこかあやしい。
「肉体不良。腕立て伏せ100回限界」
「持病付。症状:水虫。普通のクローンにもうつります!士気低下」
「仕事嫌い。放置しておくとすぐサボります」
少々、どころか大きな欠点だらけだ。廃棄処分にされてもおかしくない低質のクローンばかり。
それぞれの顔にも心なしかしまりが見られない…ような気がする。
【安物買いのゼニ失い】という言葉が脳裏を走った。
やはり安物にイイものはないのでしょうかね。はあ。ため息を付く。
ポケットマネーを少々足して先の部屋の一番安いクローンで手を打つか…と思ったちょうどその時。
「うわっ」 ゴツン。
私はちょうど横たえてあった培養カプセルにつまづき、したたかに足を打った。
「お客さーん、大丈夫ですか?」
女性店員が声を掛けてきた。
「………。」
私はしばらく黙っていた。本当は、痛すぎて声が出なかったのだが。
少しの間じっとしゃがんで足を押さえているとそのカプセルの値段に目が行った。
【特価。お買い得!】と書かれたボディ。見た目は先程の部屋の高級品と変わらない。――
しかし、値段は確かに安い。いや、安すぎる。
――――変だ。
「フフフ。お客さん、お目が高い。これ、掘り出し物なんですよ〜」
メガネの店長が近づいてきた。
そのカプセルの値札をよく見ると、横に小さく手書きで
【この商品に付きましてはノークレームでお願いします】と、書いてあった。
「正直聞きますが。このボディのどこが…悪いんですか?
見た目にはさっきの部屋のと変わらないようですが」
私はメガネを押し上げて店長に訊いた。
「あまりデカイ声では言えないんですがねぇー、
このボディ、美人に弱くて惚れっぽいんですよ。何回矯正プログラムを入れてもダメでぇ」
…………。場を奇妙な沈黙が支配した。
「そのくらい、大したことではないでしょうに」
「軍の方はこーいうの嫌われるんですよー。風紀が悪くなる原因だって。
だから引き取り手が無くてね、お値打ちなんです。」
できそこないの部隊にできそこないのクローン、か…案外相応しいかもしれない。
それに、自分が足をぶつけたことも何かの縁かも知れないと思った。
犬も歩けば棒に当たると言うし。(<なんか違う)
「このボディを頂きましょう。データをインストールしていただけますか」
「本当にこれでよろしいですか?」
「ええ」
多目的結晶の中のマネーデータを引き出した。
少々の欠点くらい、こちらがフォローすればいいだけの話で。
…それに、このボディならなんとか予算内で手が出ますからね。やれやれ。
メガネの店長はポケットからよく使い込んだ飴色のソロバンを出してはじいた。
「毎度ですー。こいつ、売れなくて困ってたんですよー。
おまけに【弁当3人前供給チケット】も付けておきますね。送り先はどちらにしますか?」
「持ち帰りにして下さい、急いでいますので。ハイこれ、記憶蓄積ディスクです」
別に急いではいなかった。送料を払うほどの予算がない、なんてプライドにかけて言えない。
「今起動させますね。データ入れますのでしばらくお待ち下さい。おーい、誰かインストール頼む」
ショートカットの女性店員が出てきてカプセルにデータを入れる。
しばらくの時間の後、赤ランプがグリーンに変わり、クローンが起動した。
「では、連れて帰りますのでこれにて失礼」
軽く頭を下げる。
「ありがとうございました!」
店員の威勢のいい掛け声を背にして私(とクローン)は店を出た。
店を出ると今にも雨が降りそうな空模様だった。
そこで今までボーっとしていた若宮タイプが起動を完全に終了したらしく、ビシッと直立不動になって話しかけてきた。
「ミスター。お初にお目にかかります!若宮タイプであります。本日は不良品の私を選んでいただき有り難うございます」
「あなたは惚れっぽいと聞きましたがそうなんですか?」
念のため尋ねてみた。こういうことはストレートに聞いてしまうのが良い。
「自分ではよく分かりませんが、人にはそう言われます。
自分はクローン生育途中での確認起動実習中に教官についたんですが、
あまりに美人だったので、告白したら振られてしまい、
それなら仕方ないと次の日に教官のファンクラブを作ったら嫌われました」
若宮タイプは恥ずかしそうに頭を掻いている。
それでは確かに嫌われるかもしれませんね…。私は苦笑する。
「そうですか。まあ、女性はしつこいと色々うるさいものですからね。
あなたにはこれから簡単に教育しなければいけませんが、ついでに女性の扱い方も教えましょうか?」
などと冗談混じりで目を細めて提案すると
「はっ、ありがとうございます」
と若宮タイプは真面目な顔をして返した。
……どうやら冗談が通じないようだ。不良品だという割に案外マジメなのかな?と思ったところで
若宮タイプはハッ!と気づいたように横を向いて隣の店の入口にいた美人の女性に
「あ、あのう、そこの美人のお嬢さん、自分と一緒にお、お茶をしてくださいッ!」
と声を掛けた。――前言撤回。私は渋い顔をした。
その女性の手元を見ると、なにやら怪しげな内容のチラシを持っていた。
悪徳セールスだ。いけない、このままではダマされる。
「若宮くん、いけませんッ」
「えっ、ミスター?」
大きな腕をずるずる引きずって私はその場から逃走した。
私たちはひとまずその辺の喫茶店に入った。
「あれは、セールスですからダメですよ。高額商品を買わされます」
不味いコーヒーをすすりながら私は若宮に教えた。
「そうですか…軍のことは自分は詳しいのですが、世情や、女性のことに対してはとんと。でして」
若宮タイプは小さな椅子が窮屈そうに身をかがめている。
主人に怒られた犬のようにショボーンとしているのがどこか可愛らしく感じられた。
「ミスターは優しいのですね」
「別に、そんなことありませんよ」
優しいと言われるのは随分久しぶりのことだったので少し嬉しく思ったが、照れくさいので眼鏡を指で上げて表情を隠す。
「いえ、男若宮、助けていただいたことに大変感動いたしました。そして決めました!あなたに付いていくことを!」
「は、はあ」
唖然として私は椅子からずり落ちそうだったのを必死でこらえた。
「では、よろしくお願いしますよ」
私が右手を差し出すと、若宮は私の手を両手でぎゅっと握ってきた。子犬のようにキラキラした目でこちらを見ている。
周りの客も私たちの方を興味深そうにジロジロ見ている。
……たぶん……『ゲイのカップル』だと思われたに違いない。
私はいたたまれなくなって伝票をガシッと掴むと急いで喫茶店を出た。
「お待ちください、ミスター!突然どうなさったんですか」
「あまりハズかしいのは私は苦手なんだ、いや、苦手なんです」
これからどうなるか。私は心の中に今の空模様と同じ不安色の雲を浮かべた。
でも、私は若宮タイプがどれも頼りになることをよく知っている。まあ、この若宮くんともきっと上手くやって行けるだろう。…たぶん。
がんばりましょう。
「さあ、行きますよ」
「はっ!どこまでもお供いたしますっ!」
遂に我慢できなくなった曇空から雨がポツリポツリと降ってきた。
ホコリっぽいアスファルトに大きな黒い染みが出来てゆく。私と若宮は駅の方へ向かって走っていった……
◆
その頃、若宮タイプの販売店では黒縁メガネの店長とショートカットの女性店員が喋っていた。
「あの若宮タイプやっと売れましたねー店長。特価のヤツ」
「ああ。……けっこう美人だったな」
店長は少しボーっとしている。
「はぁ?美人って誰がですか?私のこと?いやーん店長、セクハラ〜」
女性店員はひとりボケ&ツッコミをした。
「君、そのへんでやめときなさい。
そうじゃなくて、若宮タイプを買っていったさっきの軍人さんだよ。あの、メガネの人」
「び、びじん!?だって男、ですよ?しかもヒゲ付き……」
ボクはそういう趣味はないんだけど。とメガネ店長は前置きして言った。
「いや、あのヒゲ剃ってメガネ変えたら実は結構な美人さんだと思ったけどねー。
あの若宮タイプの説明で『美人に弱い』って言ったろう?
あれは本当は、男女にかかわらず『美人』好きってことなんだ」
「……それって」
「要するに、ちょっと騙したわけ」
女性店員は呆れた。
「男も女も美人ならオッケー。ってハッキリ言っちゃうと余計売れないかなーと思ったから黙っておいたんだ。まあ、嘘ついたわけじゃないしな」
「さすが店長、商売人ですね……」
女性店員はあきれるのを通り越して店長の商魂に感心した。
「しかし、今ごろもう惚れられてたりしてなあ。ま、いいか。
その為に【この商品に付きましてはノークレームでお願いします】って書いておいたんだから、あとは何があっても知らないさ」
さ、ショーバイショーバイ。と言ってメガネの店長は店の奥に去った。
「ぶ、無事だといいですね…あの人。」
女性店員はざあざあ降りになった暗い空を見上げた。
END. |