「BlueMoon」

 青い月。
 古来の詩や書籍を見る限り、かつて「月」というものは白かったらしい。 その白い月が青い月に変化した理由は今もって不明である。 青く変化することでその月に意志が生まれたならば、 地球の片隅の狭い国の狭いアパートで抱き合って静かに眠る恋人どうしが見えるに違いない。
 司令とパイロットという関係上、周りに内密の関係の二人には 真夜中だけにプライベートの時が許されていた。

 その片割れである5121小隊司令、善行忠孝は夜半に目覚めて気怠そうにベッドから立ち上がると 隣の部屋にある冷蔵庫を開け、何があるかざっと見わたした。 本当はこんな時はビールが欲しかったけれど、ちょうどストックが切れていたので 常備してある水のボトルを選んだ。
 味を確かめるように少しだけで口を湿らし、続いてごくごく飲む。 喉から染みわたる冷たい液体で生き返るような気持ちを感じる。 飲み終わると軽く息を吐き、片手で口端と顎をさっと拭った。

 元いた部屋に戻ると、 善行はその片割れの静かな寝息を邪魔しないようにシーツを綺麗に掛け直した。 寝直そうとしたところで、仕事をひとつ忘れていたことを思い出し 手元に灰色のノート式携帯端末を引き寄せてスイッチを入れた。
 気を抜くと怠惰になりがちな自分の性格から 普段は机の上で端末を操作することに決めていたが 今日だけは掟をサボってそのまま起動させる。
 左手の多目的結晶(と、ネットワークセル)をコードに接続してから システムを立ち上げ10桁のパスワードをキー入力する。 しばらくすると見覚えのある黒と緑で構成された画面が現れた。 「軍用ネット」の中でも善行の見ているそのサイトは 非合法スレスレの存在で裏情報が大量に流されていた。

――ここ2週間ほどのそのサイトの話題は、かの「絢爛舞踏」の話で占められている。
“もうじき九州に5人目の絢爛舞踏が出現するそうだ”

 撃墜数・現在280のエースパイロットであり 善行の秘密の恋人でもある芝村舞が所属する5121小隊で、それはごく近い将来に確実に起こることだ。
 絢爛舞踏――息をしているように幻獣を殺すという、敵に死をもたらす存在。 だが、その異常とも言える強さは味方をも巻き込み滅ぼすかも知れないという。 圧倒的な力を持つものが誕生することへの待望と恐怖。
 しかし、人々の間で口々に伝わる恐怖とは逆に 善行の知っている絢爛舞踏の候補といったら、 この、いま、横で背中を丸めて眠っている小さな存在でしかないのだ。 戦場での圧倒的な強さをこの目でじかに見ても、 芝村の間で育てられたせいでその口調を少々尊大に感じても 舞も他の皆と同じく普通の心を持つ少女なのだ。ということを 善行は毎日を共に過ごすなかで、知った。 その気持ちは彼女と付き合うようになってから一層増していった。

 真と虚がうずまくネットワークで 身元が知れない程度に大量のフェイクな情報を流すのが 善行の就寝前の日課になっている。 そうすることで絢爛存在が必要以上に恐怖されることを防ぐために。
 ……もっとも、今日はその時刻が少々遅れたけれど。

「何をしている?」
 突然の隣からの呼び掛けに、善行はさすがに一瞬びくっとして声の主の方を見たが すぐになんでもない表情をした。ポーカーフェイスは長い軍隊生活のなかで慣れている。
 軽く身を起こした舞は眠そうに目をこすった。 どうやらキータイプの音が彼女を起こしてしまったらしい。気づかれないように善行はモニターの表示ウィンドウをさっと切り替えた。
「政治のニュースを読んでいたんです」
 表情と同じ嘘を付く。画面には、有名ニュースサイトの 誰でも見たことのある馴染みの画面が並んでいる。 念の為に内容を一瞥して電源を落とし、端末を机の上に適当に戻した。

「……そなたは、このような時でも政治の話が好きなのだな。そんなことでは女に嫌われるぞ」
 舞はあきれたように口をとがらせて目を細め、
「こ、こういう時はだな、隣にいる者のこととか……か、考えるがよい……」
善行のシャツの生地を引っ張りながら恥ずかしそうに目線を逸らした。
「いや、あなたのことも考えていますよ。悪いことをしたかな、とかね」
善行は舞の髪を撫でながらしれっと返す。
「何が悪いのだ?」
彼女は訝しげに尋ねた。
「女の子をオ・ン・ナにしてしまって。……あ、痛だだだだ」
 タチの悪い冗談の、最後の悲鳴は舞が善行の胸をおもいっきり肘で突いたからである。

……彼女と初めて共に過ごした夜のことを、善行はよく覚えている。そんなに前の話じゃない。 舞の身体は想像していたよりも細くて小さかった。 余分に力を掛ければかんたんに折れそうだな。とまで思えた。 今まで彼を通り過ぎていった幾多の女性と比べてもその細さは顕著で。
 だから、すこしの罪悪感を抱いたことは嘘ではなかった。

「こんなことをして、私は地獄に堕ちるかもしれませんね……」
 舞を軽く腕のなかに収め、狭い部屋の四角い天井を見上げて善行は呟く。 その言葉を聞いて、舞は彼女らしい微笑みを見せると
「なに、私も幻獣をたくさん殺した身だから地獄行きだ。そなただけではないぞ。 だから心配するな。どこまでも一緒だ」
と彼に身体をぎゅっと預けて言った。

「では、地獄に堕ちる前にもう一回楽しいことしませんか?Bコースで。」
 善行はそう言うが早いか軽いキスを奪うと 舞の着ている男物のシャツのボタンを外しにかかった。
「あ、ちょっと、ちょっと待て!……まったく、そなたはいつも強引だ……っ……ばか、」

「……声、出していいですよ」
 熱い吐息と甘い声、粘膜の触れ合う音だけが部屋に響く。 彼女の内で十分に絡みついてくるものを確認すると、 善行はその長い指をゆっくり引き抜いて、次に自分を深く沈めた。
「あっ、やっ、……な……か……、いつもと…ちが…う…ん……は、ぁッ……」
 舞は必死で彼にしがみつく。 何時もより狭くなったことを感じた彼は、彼女の紅く染まった耳朶に口を近づけると
「こういう時はね、いく、って言うんですよ……」
と愉しむように低い声でそっと囁いた。その声を受けて煽られた彼女の躰が更にひくつく。
「あ、…い、いく……いくっ…あっ…ぁ……」
 舞は大きく震えて意識を手放し、二人は闇のなかで密かに溶けあった。

「あなたはいつも先に寝てしまうんですね…まあ、無理もないですか」
 善行はにやけながら、舞のとても幸せそうな寝顔を横で眺めたところで 先程の絢爛舞踏の件を思い出して真面目な表情に戻った。
『絢爛舞踏を持つ者は、なぜだか、すぐ、行方不明になる……』 という話を聞いたことがある。 彼女も私たちを置いてどこかへ行ってしまうのだろうか?……さっきのように。
 せめて。しばらくは何処にも行かないでください。 ――私たちのために。いや、僕のために―― 善行は願って、そっと舞のやわらかな頬に手を触れ、目を閉じた。

 窓のすき間から、青い月は何も言わずにそんなふたりを見ている。

 その夜、善行は不思議な夢を見た。2人は何処かの深い森の入口にいて
「戦争をやめて、この森の中へ逃げましょうか……」
と善行は提案していた。
 でも、そう言うと舞はとても怒って
「そなたは何を馬鹿なことを言っている。私は最後の一人になっても戦うぞ」
とむくれるのだ。
 目覚めたときに善行はその内容を思い出すと (まったく、夢の中でも舞さんは舞さんらしいですねぇ。)と、 自分だけの宝物をこっそり見る時のように笑った。
 一足先に身を起こして朝を迎える準備をする。

「起きてください、朝ですよ」
 善行はすこし早めに彼女に声を掛けた。舞は部屋の時計をちらっと見ると
「まだ時間がある……」
と機嫌悪そうに再びまぶたを閉じた。まだ眠そうだ。
「昨日は汗をかいたでしょう、シャワーを浴びてから行った方がいいですよ。 ご飯は今日は私が作りますから」
「……うー、すまない……」
 善行が優しい声で語りかけると舞はすまなそうに謝った。 そこで、彼女は自分が何も身につけていないことにようやく気付いて 頬を赤く染め、下に落ちているぶかぶかのシャツをひっ掴んで羽織り浴室に向かった。
 僅かに聞こえてくる水流の音をBGMに、小さな台所で朝の支度をしながら善行は思う。 戦いで心がささくれ立っている時には 特にこういうささやかな時間が大切だということを。
 部屋を出れば自分たちはただの上司と部下の関係に戻り、いつもの煩雑な生活が始まる。
……また今宵もこんな時間が持てたら良いんですけどね。 と、彼は何処かにいるのかどうだか分からない神様に祈った。
 どこかで早起きの鳥の鳴き声がした。また新しい一日が始まる。

「さあ、行きましょうか」

END.

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あとがきといいわけ。

「既にデキちゃっててラブラブな善行と舞のシリアスな話」というのが一度書きたかったんですよ。
NPCは恋人になると普段の会話でもかなりアレなことを言ってくるから、
既にこういう関係になっててもおかしくないよな……と思いまして。非常時に人間は恋に落ちやすいと言うし。
そして今回の最大の問題点は、Hなシーンを書いててハズかしかったこと……です……(作者を見る→穴があったら入りてぇ)
削除しようかナとも思いましたが、その直後の文に繋がってくるので消せなくて。
ので表現控えめ。←というより、スゴイのは私には書けません(苦笑)
しかし、これでますますナニなサイトになったような気がするな……(遠い目)

もうひとつ書きたかったことのは絢爛舞踏存在への善行からのフォローでした。

2001/07/17 ナナシノ@委員長権限 / megane@kun.love2.ne.jp



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