『Cruel World To Heaven』


「…完全な失策、だな」
 どうやら幻獣の罠にまんまと引っかかってしまったようだ。
 指揮していた部隊は壊滅。周りには生き物の気配ひとつ無い。殆ど全てがただの物体と化した世界。 先程まで聞こえたかすかな呻き声すらもう止んだ。
 私はこの景色の中で唯一「未だに生きている者」として潰された戦車の残骸にもたれかかっていたが、 長い時間を待つこともなく辺りと同じ存在になるだろう。切った額から流れる血を拭うために、割れた眼鏡を外して足下に置いた。

 人類の黄昏を表しているように暮れてゆく赤い夕焼けを見上げながら、 「取り返しが付かない」ってのは正にこういう事を言うんだな……と働かない頭でぼんやり思った。
「これが運命、というものなのでしょうか」
 溜息をひとつ吐く。大きな歴史の流れの前においては、 生きとし生けるもの全てに葉のように薄っぺらな命があるだけだということを痛感する。 全てが最期にはただの一つの屍となり、無へと帰るだけだろう。先に死んだ戦友たちのように。
 不思議にそれほど痛みはなかった。多分、神経自体がやられているのだろう。 手先の感覚も薄れてきていた。徐々に死の時が迫ってきているのが分かる。
 国に残した若い恋人の顔が頭をよぎった。これがいわゆる最期の「走馬燈のように思い出す」、というヤツなのかな。ということは、本当に駄目だな。今思い返せば非道いことをしたし随分泣かせたような気がする。
 ……そろそろ、年貢の納め時ですか。もう一度、溜息を吐いた。

 その時突然、私の前に細い影が差した。……ここでは私以外誰も生きていない筈なのに?

 霞んだ目の前に、長い髪の女らしきシルエットが見える。ここは戦場なのにスカートのようなものを履いている。 まったくもって現実的ではない存在。これも最期が見せる幻なのか。私は俯いていた顔を上げて、見上げた。

 逆光で女の表情は分からない。そもそも、女かどうかさえ不明だった。
「あなたは死神ですか。それなら私を連れて行くんでしょう、さっさとやってください」
 私が声をかけるとその女?はこちらを向いた。

「男よ。そなたは運命に大人しく従うのか?自らの力で変えようとは思わぬのか」
 女は、かの一族のような口調で私に話しかけてきた。彼らは最前線のここには居ないはず。 それでは尚更、やはりこれは幻なのだろうか。

「変えたいと思っても、既に遅し。ですね…脊髄をやられていますから」
 口の端を上げて、返事をする。多分、人生で最後の微笑み。 その最中にも背中の傷からしみ出た小さな血溜まりができていた。ゆっくりと広がっていく。 血と同時に力も抜けていく実感。丈夫に出来ている第六世代とはいえ、もう手遅れだろう。

「それでは、もう諦めるのか」
 女は更に話しかけてきた。
「どうせ、自分が死ねば意識はなくなります。ということは、イコール世界が無くなるのも同じこと。 もう、こんな狂った世界はまっぴらだ」
 私は言い返す。cruel world。残酷な、狂った世界…昔、そんな歌があったな。

「ふん。確かにそなたが死ねば、そなたの世界は終わりだ。 しかし、そなたが愛する者の世界は終わらぬのだぞ。彼らはこの厳しい世界でもまだ生きて行かねばならん。 私は自分の愛する者を生かす為に、諦めることをやめた。この世界のために歯を食いしばって生きることにした」

 強い、強い意志を持つ女だ。まるで、伝説に聞く絢爛舞踏のように。 私にもこのような強さがあったらここでくたばることは無かったのかもしれない。そう思う隙を縫って意識が遠ざかっていく。

 ――これで、お終いか。

「先程のそなたの戦いを見ていたらなかなか骨があると思ったのだが……。死という安らぎを求めるのも、残念だがそれもまた選択であろう」
 女はきびすを返そうとした。

 ちょうどその時。
 止まっていた時間が動き出したように走馬燈の続きが突然頭の中で駆けめぐった。 今まで自分を愛してくれたたくさんの存在のことを思い出す。 私がいなくなった後で彼らの生きるこれからの世界はどうなるのだろうか?
 『……選択?』
 もしも、私の思いひとつでこの狂った世界が少しでも代えられるというのならば。はじめて、こんな所で死にたくないと心から願った。

「嫌だ!ここで、死ぬのは嫌だ。まだ私は、何も成していないんだ」
 口の端から血を吐きながら私は絶叫した。言葉と息とともに流れる鉄の味。
――私は、まだ、ここで、生きている――

「ふっ、そうか。そなた、本音が出たな。それで良い」
 女は笑った。
「私にそなたの魂を捧げよ。さすれば、一度だけやり直すチャンスを与えようぞ。
ただし。その為にはそなた個人の幸せを諦め、過酷な生を選ぶ必要がある。 自らを犠牲にする生か、それとも安穏とした死か。どちらか選ぶがよい」
「全て犠牲にしてもいい。生きることを選ばせてください」
「その道のりがどれだけ過酷でも、か?」
「どちらにしろ、既にいちど死んだようなものです。これからゆくところ全てが茨道だとしても、やり直せるならば後悔しません」
 かすれた声でそう答えながら、私は残された力を絞って女の方へ微笑みかけた。もう一度、笑えた。

 女は振り返ってその眼を細めた。
「そなた、気に入ったぞ。これを受け取るがよい。契約の印だ」
 女は何かを差し出すと、私の手のひらに投げて寄越した。それは青く輝く宝石で、角度の加減かきらきらと輝いているように見えた。

「あなたは悪魔ですか?それとも、」
 非現実的なその名を出すのは少々気が引けた、が、その時の私には他にふさわしい言葉が思いつかなかった。
「――――神?」

「名前などない。敢えて言えば、OVER…」
 女は呟いたが最後の言葉まではよく聞きとれなかった。
「オーヴァー?」
「さらばだ、『英雄の介添人』として生まれ変わるもの。約束は守られよう」



 ……そこまでで私の戦場での記憶は終わっている。

 次に気がついたとき、私は透明なテントで覆われたベッドに横たわっていた。 強烈な消毒液と薬の匂いがする。白衣を着た研究者らしき男と女が数人忙しそうに働いている。 周りには測定用だろうか、機材の山が築かれている。多分、ここはラボの集中治療室だろう。 士官学校の時に見学した記憶からそう判断した。とりあえず、天国か地獄ではないことは確かだ。

 私が目を覚ましたことに気づいたらしく、責任者らしい細目の男が近づいて話しかけてくる。
「はじめまして、善行千翼長。気付かれたようですね。私はここ…クローン再生特別ラボの責任者、岩田といいます。 あなたの殆どの部分は再合成されましたのでしばらくはあまり自由が効かないと思いますが、リハビリをすれば普通に動かせるようになるでしょう」
 細目の男はそう言った。

 その直ぐ後で、男は他の研究員に聞こえないようこっそり耳打ちしてきた。
「貴方、『青の青』からの接触を受けましたね?私も、仲間の一人です」
「青の、青?」
 私は聞き返す。
「あなたが戦場で出会ったものの名前です。命を与えられた代償として、 これからは『英雄の介添人』HEROを生み出す協力者、媒介として生きなさい。恐れることは無い。 あなたが目を開いて、目を閉じるまでの少しの間の話ですよ」

 また、連絡します。とその男が言い残してから研究者たちが去った病室で一人きりになったとき、 私は右手になにかを握っていることに気づいた。ゆっくり手を開いて見ると、 そこにはあの青い宝石があった。吸い込まれそうな青色――。男の言葉といい、どうやらあれは夢ではなかったようだ……

 否、あれが夢だとしても。私はもう決めたのだ。
「生きる為なら、何でもすると。」

 新しい幕の開く音がどこかで響いたような気がした。



 END.

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 はじめまして。「ナナシノ」です。初SSでございます。小説の類はとても久々に書きました。

 外伝とか世界の謎BBSとか電撃GPMとか読んで考えた話です。
↑の設定を使ってますが忠実ではないです…<今、外伝読み返したら色々違うし!まあ、いいや。

 善行が“死すべき運命をねじまげられた”という辺のエピソードが書きたかったんですけど、どうでしょう。外伝の続きが読みたいんだけど、もうあれ以上書かれないような気がするのでこうなったら勝手にSS書いちゃえ!と。

 幸せで誰かとラブラブな彼もいいですが、それは今回は置いておいて。人智を越えた絶対的な存在や大きな力に魅せられる善行というのにも燃えるんですよね。(腐ってる…;>自分)

 タイトルの元ネタ「Cruel World To Heaven」はGREAT3というバンドの曲名からです。
CD化されていないマイナーな曲ですが(私も一度しか聴いたことない)この言葉自体がとても気に入っているので使ってみました。G3は1st.アルバムが凄く好きです。

 あ、最後の辺に出てくる岩田は電撃GPMの白衣のイワッチがステキだったものでー。<マッドサイエンティスト好きなんですヨ(笑)

2001/05/20 ナナシノ@委員長権限 megane@kun.love2.ne.jp

(2001/09/14ちょっとだけ改稿)


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