「新世紀に降る雪は」


 時は2004年・年末。今年もあと数日を残すところとなり、 人々は去りゆく年を惜しみつつ新しい年を迎える準備に忙しい。
 浮き足立つ世間とは別に、「自衛軍桜丘高等士官学校」は ある事件に見舞われていた。



「あ、雪が降ってきましたよ、若宮くん。ますます年の暮れって雰囲気ですね」

 若宮十翼長の親愛なる上司は暇に飽かせて窓の外を眺めている。
「……お言葉ですが善行準竜師。我々は、こんな呑気なことで良いんでしょうか。なあ、堀込」
 未だあどけなさが残る顔つきをした、堀込と呼ばれた 善行付きの士官候補学生の少年は同感!といった風に渋い表情をした。
「そうです、善行校長。若宮十翼長のおっしゃる通りです。ここは僕たちが逆にガツンと攻めた方が。 十翼長は勿論、僕だってやる気を出せばテロリストの十人くらいやっつけられます」

 士官学校は冬季休暇中で、大半の学生が既に帰省していたが 任務で未だ居残っていた善行準竜師(学校長)と若宮十翼長(お付きの警備役)と 堀込少年(学生で雑用のアルバイト中)の彼ら3人は 反政府組織「幻獣共生赤軍」が起こした事件に巻き込まれ、 テロリスト達に監視されて校長室から一歩も出られない状況に置かれていた。

 善行は暫く2人の部下に背を向けていたが、ふっと振り返ると2人の方に向かって諭した。
「あなた達の血気盛んな気持ちも分かります。 ですが、だからといって殆ど武器を持っていない私たちがテロリストに刃向かっても せいぜい新しい屍の山を築くだけでしょう。 ネットワークも全部壊滅状態でロクな情報も入って来ないから見通しも経ちませんしね」
「でも、このままでは」
 若宮と堀込少年の2人が同時にハモった。
「痺れを切らした奴らがそのうちキレないとも限りませんッ!」
 苦み走らせた顔で善行は笑い、ステレオ音声で責められるとちょっと厳しいですね。とぼやいた。
「2人とも落ち着いて下さい。あなた方の方が余程テロリストみたいですよ?」
 若宮と堀込少年は飼い犬が主に怒られて肩を落としたような顔つきになった。

「機を見る、ということはとても重要です。どんな事にも実行するタイミングがあるものです。 それを誤ると失敗し、足を取られて穴に落ちる。 ですが、失敗しても死なない限りはやり直すことが出来ます。いつかきっと……」
 感じ良く響くテノールの声で善行はたった2名の聴衆の前で短い演説を行う。 若宮はふむふむ。と耳を傾けていたが途中まで話を聞いたところでハッとして善行の表情を見直す。 ポーカーフェイスの上官の表情は一見いつもと変わらないが 長い付き合いのせいなのか、眉間に微かな影が差しているように若宮には感じられた。



 防衛戦争終結後、人類は数十年振りに平和を取り戻した。学生軍および5121部隊は解散し、 小隊員もそれぞれの日常に帰っていった。 自衛軍で元の階級に就いた善行は関東に帰還し戦後処理に奔走した。 彼は出世コースに舞い戻ったが、所属していた派閥のトップの失脚に伴い 再び左遷の憂き目に遭い現在は「士官学校長」という体のいい閑職に据えられていた。
 3年前に準竜師付きの護身係に任命されて善行に再会してから、一度だけ若宮は
「今のご自分の立場にご不満はないのですか。貴方の立場は、不当に低すぎると思います」
と酒席の魔力でつい口を滑らせてしまったことがある。
 善行は微笑んで、こう答えた。
「最前線に送られた時よりは十分マシですよ」

 善行準竜師は左遷された自分の身を今の状況に置き換えて話をしたのだろうか?と若宮は思う。 彼は自分で自身の悔しい心に言い聞かせているのではないかと――。

「……それで、」
 若宮は善行の声で過去の回想から我に返った。
「それで、私はあなたたちに取り戻しの利かない失敗をさせたくないということです。 分かりましたか?」
「焦ってはダメ。今はじっとしているべきだということですね」
 堀込少年が聡い目つきで答える。戦争で身寄りを無くし、 自分の身を助ける為に生活費と学費の要らない軍隊に志願した彼だが なかなか頭の回転が速く、善行はこの少年のことを気に入っていた。 少々熱せられ易いというのが堀込少年の欠点だったが、 善行は若い熱気が充満していた熊本時代の懐かしい雰囲気を少年の内に見たのかも知れない。 どうせ帰省する所もないから、と冬期休暇にも関わらず校内アルバイトに志願した堀込少年を 自分の雑用係として引き取ったのもそれが理由だった。
「そうです。堀込くん、その通りです。死んだら元も子もないですからね」
 善行は口の端を上げてにっこり笑い、雰囲気と話題を変えるように続けた。

「寒くなってきましたね。ストーブを点けて下さい。あ、部屋の隅の壁に寄せておいて。 薬鑵を載せて、それで3人でお茶でも飲みましょう」



 シュン、シュンと湯の沸く音だけが聞こえる。
 堀込少年は尊敬する上司2人と自分のために丁寧に茶を淹れ、 善行は相変わらず窓の外をじっと見つめていた。 部屋の隅の休憩室で少年が茶筒のフタで葉の分量を量っているところに若宮がそっと近づいてきた。
「お前のお茶はいつも美味いな。ただ、俺は大喰いだからなるべく多めに入れて貰えると嬉しいんだが」
「はい、了解しました十翼長」
「十翼長はいいよ。今は冬休みだし、本当ならもう勤務時間外だからな。その間は若宮さんって呼んでくれていい」
「はい。じゃあ、若宮さん。善行校長って凄い人ですね。僕、感心しました」
 善行に聞こえないよう声のボリュームを絞って堀込は若宮に話しかける。
「凄い……か。お前はどんな所が『凄い』と思うんだ?」
 若宮は堀込少年に尋ねた。
「こんな非常時でもあんなに平然としている所です。 はじめてお目にかかった時『軍人の割には細くて弱そうな人だけど、大丈夫かなぁ』って 思ったんですけど、何か問題が起きた時とかの落ち着いた対処の仕方を見てると 『あ、この人は修羅場を渡ってきた人なんだ』って印象を受けます。 熊本の『竜』事件の時に活躍したって噂、あれはやっぱり本当の話なんですか?」
 熊本の『竜』事件というのは最後の幻獣との戦いのことを指している。 軍関係者の間でも一応機密扱いとなっているが、噂というのはいつもどこからか流れ出すもので 今や公然の秘密と化していた。
「ああ、俺もあの場所に居たからな。 ただ、まあ、ここだけの話だが……お前が思うほどには準竜師は平然としていないかもしれんぞ」
「えっ?でも……」
 堀込少年は若宮のやんわりとした否定の言葉に驚く。

 若宮は、年下の友人に説明をはじめた。
「士官、というのは部下に勇気を見せる存在だ。 誰よりも先頭で勇敢に戦い、撤退の時は最後まで粘ることが仕事。 上官が逃げ腰では部下の士気が下がって誰も戦わなくなるからな。 『皆に不安を与えないようにする』のが上官の役目だ。
 だから、部下の俺たちに余計な不安を与えないために 善行準竜師は実は「落ち着いたフリ」を装っているのかもしれないという訳だ。 俺はあの人とは結構長い付き合いだが、なかなか本心を見せない人だから これは単なる俺の下司の勘ぐりで、本当に落ち着いているのかもしれんが……」
「そういうものなんでしょうか。僕はよく分からないです」
 堀込少年は悲しい顔をした。若宮はそれをみて少し慌てて続ける。
「でもな、堀込。善行準竜師はだからこそ頼りになる人なんだ。 たとえ『落ち着いたフリ』を装っているのだとしても、 あの人が俺たちのことを思って一所懸命やっていることには代わらないからな。 それが俺たちの心の支えになるんだ。少なくとも、俺の支えにはなっている。お前にもそうだろう?」
 若宮は白い歯を見せてニヤッと笑った。

「はい。やっぱり善行校長は凄い人なんですね。僕にはそんな芸当難しそうですから。」
 堀込少年は若宮に笑顔で返した。
(こいつ……あの人が言っていた通りなかなかやるな)若宮は内心舌を巻いた。
「そんなこと言ってちゃいかん。お前もここで勉強してるんだから 将来は誰かの上官になるんだぞ」

「そこの2人、おしゃべりはそこまで。さっさとお茶にしませんか?」
 善行が若宮たちの側に歩み寄り口を挟んだ。2人はびっくりして沈黙する。
「堀込くん、お茶の淹れ方を忘れたなら私が代わりに淹れますが」
「いいえ、僕が入れます!」
 堀込少年は止まっていた手を遅れていた分早送り再生で動かした。



 窓の外は粉雪から吹雪に変わっていたが、 閉じこめられた3人のささやかなお茶会は厳しい状況に対して不思議なほど平和だった。
「堀込くんのお茶は美味しいですね」
「ありがとうございます、善行校長」
「準竜師、このお饅頭頂いてもよろしいでしょうか?」
「遠慮しないで好きなだけお食べなさい。お腹が減っているでしょう」
 善行は部屋のソファについて茶を啜りながらも窓の外をちらちら伺っていた。
「あの、校長。さっきから窓の外に何かご用事でも?」
 堀込少年は善行の動作が気になって質問しかけた。

 その時、
いきなり地面が雷鳴のような音を立てて響いた。 一度だけではなくズシン、ズシンと重い振動が何度も部屋を襲い、天井の照明がひどく揺れ落下しかける。
「皆、伏せなさいッ」
善行が叫ぶ。
「準竜師、危険です!」
 若宮は立ったまま状況を見ようとした善行を応接机の下に押さえつけると 護身用の拳銃を取りだして安全装置を外した。ささやかすぎる武器だが、この際なにも無いよりはマシだ。

 頑丈な筈のガラス窓と壁が轟音を立てて凄い勢いで崩れ、砂塵と外の冷たい空気の嵐が部屋を覆う。
(爆弾か、地震か、それとも……いったいどうなってるんだ!?)
 状況を掴もうと机の陰から若宮がそっと頭を出したとき、とんでもないものが視界に入った。

 大きなヒトガタの影。決して忘れる筈がない、死地を共に過ごした機体。 その巨大さ故、周りに響きわたる心臓の鼓動を持つ存在……。
「し、士魂号……!」
 若宮は思わずその場に立ち尽くした。


 従者の驚きと対照して、この館の主人は平然とした態度で両腕を大きく広げ 壁を崩した灰色の巨大な傀儡に対して自信たっぷりに微笑み、問いかけた。
「舞、あなたですね?」
 士魂号のコックピットが静かに開いた。機体よりも随分小さなシルエットが浮かぶ。

「無事であったか!」
 強い光を宿した瞳を持った美しい女性が長い髪を振り乱して善行の方に駆け寄った。
「ええ、あなたのお陰で無事です。絶対迎えに来ると思っていました。ふふ」
 善行は舞に向かってウインクした。
「良かった……」
 舞は人目を憚らず善行にギューッと抱きつき、彼は愛しい彼女を抱き直してやる。
「いつか言ったでしょう、『孫を持つまで死にません』って。まだ子どももいませんけどね」

「え?え?え?」
 場の観客になった堀込少年は、自分が助けられたということより 『サスペンス映画を見ている筈が突然恋愛映画に代わってしまった』級の不条理な展開の状況に唖然とした。

「遅れて済まぬ。士魂号を手配するのに思ったより時間を取られてしまった」
 舞は遅れてきた理由を説明した。
「芝村!お前今はフツーの大学生やってるんじゃなかったのか?」
 若宮が驚いて二人の側に寄る。
「だから私と言えども手間が掛かったのだ! でも、この方法が一番手っ取り早かったから。私だって」
 舞がいったん言葉を詰まらせた。
「早くそなた達を助けたかった……ッ。心配で、忠孝に何かあったらどうしようかと思っ……た」
 すっかり彼女は半泣き状態である。
「僕は無事ですから泣かないでください。それより、テロはもう制圧されたんですね?」
 舞は頭を上げて涙を振り切ると善行に答えた。
「ああ、厚志たちのおかげだ。自衛軍はまだまだへっぴり腰でイカンな」
「速水が?あいつも今は除隊して学生じゃないのか」

「舞〜。もう愛の再会シーンは終わった?僕、独り身だからラブラブカップルはあまり見たくなくてさ」
 今度は校長室の正面ドアが開き、こちらもすっかり立派な青年に成長した速水が どこからか大勢の武装集団を引き連れて現れた。
「お久しぶりです。善行さん」

 善行はにっこりと余裕の表情を取り目を細めた。
「こちらこそお久しぶりです。速水くん、舞がお世話になりました」
「いえいえ、親友の頼みですから。それはともかく……」
 速水は善行に向かって敬礼した。
「テロリスト達は全員逮捕しました。後の処理は善行準竜師にお任せします」
 善行も綺麗な敬礼で返す。
「速水くんとあなた方の働きに感謝します」
「労いの言葉ありがとうございます、でも」
しれっとした顔の速水は少しだけ意地悪な微笑みを浮かべた。
「僕には感謝しなくていいよ、善行さん。僕は舞に頼まれたから動いただけだもの」

「速水、芝村……って。もしかして、あの、九州の絢爛舞踏の2人?……凄い」
 感極まったように堀込少年は呟いた。 何年も前、まだ幼い頃にテレビの特別番組で見た憧れの勇者たち。 堀込少年は子どものように頬をつねってみた。痛みを感じる。
「どうやらこれ、夢じゃないみたいだ。この話、新学期になったらみんなに自慢できるなぁ」

 善行は空っぽの胃の部分をさすりながら舞に問いかけた。
「安心したら、お腹が空いてしまいました。この騒ぎで昼抜きになってしまったので……今日の夕飯は何ですか?」
「あ……今日はテロのせいで未だご飯も炊いていないのだ。すまん」
 舞が眉を八の字にして答える。
「あー、ごめんなさい。気が付きませんでした。それなら、今日は久々に外に食べに行きましょう」
 善行は舞の肩に手を回して、彼女にだけ聞こえるように耳元でこっそり囁いた。
「……それから、貴女がたくさん食べたいですね」
「ばっ、バカ。若宮たちが見ておるではないか!」
 力一杯頬を染めた舞は善行の胸板をぽこぽこと叩いた。

「はぁ……幸せそうでいいですなぁー」
 側で一部始終を見ていた若宮はすっかり当てられて呟いた。
「あのう、若宮さん」
 シチュエーションを把握していない堀込少年が疑問符を放つ。
「なんだ、堀込?」
「あの芝村の女性の方、善行校長の彼女なんですか?」
「ん、お前知らないのか。彼女は芝村舞……夫婦別姓で名字は違うが、今は善行準竜師の奥様だよ」

「えーっ、『芝村』で『絢爛舞踏』が奥さんなんですか!やっぱり、善行校長って凄い人ですね」
 堀込少年は感激の眼差しで善行とその妻の方を見つめた。 この時、世界中で善行信者がまた一人新たにカウントされたことは言うまでもない。


おしまい。

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◆あとがき◆
今回は「年末ネタSS」ということで……本当はクリスマス用だったのですが風邪にかかって時期を逃しました;
「善×舞/将来ネタでラブラブ」のつもりで書き始めたのですが、 出来上がってみたら拙作『100人のボーイフレンド』に引き続き 「善行ラブな若宮」ポイントの方が高い気がします……アレ? 私、若善も好きだから〜(言い訳)
自分で書く場合の若×善は「死んでも親友」みたいな『精神的やおい関係』がツボです。 他のサイト様で欲求(笑)が満たされているので自分ではあまり書きませんけども。

執筆始めるちょい前に某国産スペオペ(全10巻の方)を読んでいたので その影響がちらほら垣間見えますネ>自分 (実は今まで未読でした……面白かったです。もっと早く読んでおけばよかったよー)
そしてお付きの少年の名字は某兄弟バンドが元ネタです(メガネな兄好き) SSのタイトルもその曲名から連想で付けました。ちょっとひねってあるのでファンの方いたら笑って下され。

2001/12/29 / ナナシノ@委員長権限



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